美辞麗句
弟子:
今度は、「こういう美辞麗句まみれの文章
は受けないよ、今は」の「美辞麗句」ですが
・・・?
先生:
“华丽词藻 huálìcízǎo”
“堆砌华丽词藻 duīqìhuálìcízǎo”
などと言うな。
“面对这奇景,语言中的华丽词藻
都黯然失色。”
弟子:
「こういう絶景を目の当たりにしていると、
人間の言葉における美辞麗句など
かすんでしまうな。」
先生:
だが、「美辞麗句」も、時には必要だよ。
弟子:
どんな時にですか?
先生:
発信する「内容」がない時さ。
弟子:
確かに。
言えてますね。
「人間至る所青山あり、祇園精舎の
鐘の声、諸行無常の響きあり、
行く川の水は絶えずして、しかも
元の水にあらず、覆水盆に返らず、
人の一生はかくのごときものなり。
師よ、あなたの一生も、かくの
如きものなりしや?・・・・」
先生:
コラ!!!!
わしの一生を、空疎な「美辞麗句」で
塗り固めるな!!!!