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2009年10月30日 (金)

木を見て森を見ず

弟子:

今度は、「君、こういう時こそ、木を見て森を

見ず、っていう言葉の意味を噛みしめるべ

きだよ」の「木を見て森を見ず」ですが・・・?

先生:

“只见树木,不见森林

zhǐjiànshùlínbùjiànsēnlín

などと言うな。

“西方形而上学的‘分析越分越细,

只见树林,不见森林,

已走到了尽头。”

を訳してご覧。

弟子:

「西洋の形而上学における『分析』は、

 ますます微に入り細に入りで、

 木を見て森を見ず、行くところ

 まで行き着いてしまっている。」

先生:

わしは、この人の見方に賛同できないな。

例えば、地球だが、地球の内部については、

まだ分からないことばかりだろう。

まだまだ、細部、深奥を深く深く掘り下げて

行かなければいけないのと違うか?

弟子:

先生、私は、空恐ろしいものを感じますね。

人類が地球の深部まで手を加えて、何か

どえらいことが起きるのではないかと。

地球は、「鉄の塊」位の認識でとどめて

おくべきでは、ないでしょうか?

先生:

そりゃー、ちょっと「おおざっぱ」過ぎないか?

その伝によれば、人間は、どうなる?

弟子:

「一本の管」です。

先生:

????

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