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2009年2月22日 (日)

イデア論

弟子:

今度は、少し毛色が変わりますが、西洋哲学に関する

言葉を取り上げたいのですが・・・。

先生:

いいよ。

まず、誰から行こうか?

弟子:

何と言っても、まずは、「ソクラテス」、「プラトン」を取り上げ

ない訳にはいきませんね。

で、「プラトン」の「イデア論」は、どう言いますか?

いや、その前に、中国でも西洋哲学の研究はされているの

でしょうか?

先生:

もちろん、研究は盛んじゃよ。

何たって、中国人は、「人間」や「社会」や「国家」に対して、

興味津津だからね。

で、お尋ねの件、

「プラトン」は、

“柏拉图 Bólātú”

「イデア論」は、

“理念论 lǐniànlùn

というよ。

弟子:

これでは、一般的に使われている「理念」という言葉と

混同してしまいませんか?

日本語は、それを避けるために、わざわざ、「イデア論」

と外来語の形を取っていますが。

先生:

仮に、「理念」という元々ある漢字を使わず音訳したと

しても、その内容に関しては、

“柏拉图的理念论”

として、改めて理解しなければ意味がないので同じだよ。

弟子:

でも、インドから伝わった「仏教経典」には、音訳語が

多いですよね。

例えば、

“般若”

“三藐三菩提”

など。

先生:

まー、それは、初めてこの仏教哲学用語を中国語に持ち

込んだ人の「匙加減」ということだろうな。

というより、母語に適当な言葉が見当たらなかったから

だろう、きっと。

先輩達も、苦労しただろうな。

弟子:

なるほど。

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