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2009年1月24日 (土)

独断専行

弟子:

今度は、「独断専行」ですが、どう言えば、よろしい

でしょうか?

先生:

“独行独断 dúxíngdúduàn

“各行其是 gèxíngqíshì”

などというな。

弟子:

字面が、日本語に似てはいますが、例によって

「似て非なる」ですね。

“各行其是 gèxíngqíshì”

を辞書で調べてみましょう。

 『中日大辞典』 <成>各自が自分の信じることをする、

               思想・行動が一致しないこと

 『中日辞典』   <成>各人が思い思いのことをやる

 『中国語辞典』 <成>各自正しいと認めることをする、

               それぞれ勝手にふるまう

 『50+630』  なし

先生、この世の中で、皆が自分が正しいと思うことを勝手

に行ったとしたら、むちゃくちゃになりますよね。

先生:

そんなことはないさ。

各自、自分が信ずるところを行い、生きたいように生きれば

よいさ。

他人がやることを、すべて、「独断専行」と言って非難するこ

との方が、問題じゃよ。

鈴木大拙先生の『禅のすすめ』の中にこういう言葉がある。

 「・・・けれど同じ人間というものは決して一人もいないの

  である。・・・・」

弟子:

なるほど、先生のお考えの一端が理解できました。

先生:

但し、鈴木大拙先生は、こうも述べられている。

 「今日われわれが、今日だけよければよい、われわれは

  今日自分の社会さえよければいいといって、子孫のこと

  にまで考慮し及ばぬというのはよいことではない。・・」

弟子:

となると、地球温暖化、あるいは地球寒冷化にたいする現在

のわれわれの取るべき態度というのも、そういう思想に立脚

したものでなければならない訳ですね。

先生:

そうじゃよ。

だが、発想の原点は、子孫のことを考慮していたとし

ても、「方法論」を誤ると、取り返しがつかなくなるので

難しいんだな、これが。

或る国が或る国に民主化を根付かせようとして行って

いることなども、その好例さ。

弟子:

う~~~ん、「独断専行」という言葉、なんだか今までの

ように軽々しく使えなくなってしまいました。

 

 

   

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