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2008年11月29日 (土)

学識がある

弟子:

今度は、「学識がある」「学識豊かな」ですが・・・。

先生:

誰のことかな?

弟子:

そりゃー、大勢いますよ。

例えば、先生。

先生:

君、人を持ちあげても、何も出ないぞ!

弟子:

いえ、本心ですよ。

で、何て言います?

先生:

“博学 bóxué”

“学识渊博 xuéshíyuānbó”

“学富五车 xuéfùwǔchē”

などと言うな。

弟子:

ちょっと、失礼。

“学富五车 xuéfùwǔchē”

 『中日大辞典』  なし

 『中日辞典』   なし

 『中国語辞典』  (学識は車5台分の書物ほど豊かである

             →)多くの本を読み学識は該博である

 『50+630』   なし

先生の場合は、車5台どころか、40フィート・コンテナー5個

位はあるのではないでしょうか。

先生:

いやいや、学問などというものは、やればやる程、自分の

学識が足りないことを痛感するだけじゃよ。

それに、学問は量じゃないよ。

「朝に道を聞けば、夕べに死すとも可なり」、知識などなく

とも、悟りは得られるのじゃないかな。

弟子:

先生、今日は、えらく謙虚ですね。

先生:

君が余りおだてるからじゃよ。

弟子:

一首詠みます。

『名にし負う 学識の士 ここにあり』

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