« どうでもよいこと | トップページ | はつらつ »

2008年11月30日 (日)

心が通う

弟子:

今度は、先生と私のように、「心が通う」「心が通じ合う」

は、どう言いますか?

先生:

“心连心 xīnliánxīn

“心心相印 xīnxīnxiāngyìn

“心有灵犀一点通

xīnyǒulíngxīyīdiǎntōng

などと言うな。

弟子:

では、ちょっと、辞書を引いてみましょう。

“心心相印”

 『中日大辞典』  心と心が相通じる、

            お互いに深く理解している

 『中日辞典』    <成>心と心が通じ合う、

                 考えが一致している

 『中国語辞典』  <成>(仏教の伝授には文字の助け

                 を借りず、互いの心をもって

                 証拠とし合うことから)

            ①口に出して言わなくても互いに考えが

              一致する

            ②愛し合っている男女が自然に心と心が

             通い合う

 『50+630』   なし 

いい言葉ですね。

特に、「以心伝心」を旨とする日本人には、もったいない言葉

ですね。

先生:

しかし、「お互いの考えが完全に一致しているかどうか」を

どうやって確認する?

「言うは易く、行うは難し」じゃないかな。

弟子:

先生、さみしいことをおっしゃいますね。

こうしていつも一緒いる我々二人のような関係であれば、

「言葉」や「文字」に頼らずとも、お互い理解できるのでは、

ないでしょうか?

先生:

いや、「理解できた」と思うだけで、お互いの胸の内は、

自分ですら分からない位だから、やはり、かなりの程度

言葉は必要不可欠じゃよ。

だから、わしは、日中両国語を、こうして研究しているん

じゃよ。

弟子:

分かりました、分かりました、仏の心、いや、先生の

心が。

先生:

いやいや、即断は禁物じゃよ。

« どうでもよいこと | トップページ | はつらつ »

」カテゴリの記事