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2008年10月14日 (火)

対岸の火事

先生:

ところで、「高句麗」のところで感じたんだが、君らは、

大陸で起こっていることを、「対岸の火事」視していな

いかい?

例えば、「汚染ミルク」事件。

弟子:

とんでもないですよ。

いつ、「病が口に飛び込んで」来るかと、戦々恐々ですよ。

先生:

そうかい、なんだか、のんびり構えているように見えるけど

なー。

弟子:

で、先生、「対岸の火事」は、何て言いますか?

先生:

それは、

“隔岸观火 géàn guān huǒ”

じゃよ。

弟子:

ちょっと、失礼。

 『中日大辞典』   岸を隔てて火事を見る

           <喩>関心を持たない、対岸の火事      

 『中日辞典』   <成>対岸の火事視する、

               他人の災難を傍観する

 『中国語辞典』  <成>(反対側の岸から向こう岸の

                 火事を見守る→)

                (人の危難に対して)高みの見物をする

 『50+630』   対岸の火事、

            他人の不幸を見ても拱手傍観するだけで助け

            ない

今や、地球は、人類にとって、ますます狭くなりつつありますので、

「対岸の火事」視できるようなことは、もう一つもないでしょう。

例えば、エイズ、鳥インフルエンザ、エボラ熱、・・・・・・・。

どれ一つとっても、「明日は我が身」ですよ。

先生:

そうだな、そうなると、この言葉も死語になるのかな?

「高みの見物」ができるのは、夫婦喧嘩位のものかな?

弟子:

あッ、やってますよ、やってますよ、「人民広場」で、

「真昼の決闘」を。

先生:

そうか、行こう、行こう、高みの見物に。

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