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2008年5月25日 (日)

他人の不幸を喜ぶ

弟子:

先生、先ほどおっしゃられたお言葉ですが・・・?

先生:

“幸灾乐祸 xìngzāilèhuò”

だよ。

弟子:

ちょっと、失礼。

 『中日大辞典』  <成>他人の災いを喜ぶ、

                他人の災いをいいきみに思う

 『中日辞典』    <成>他人の災難を見て喜ぶ、

                 他人の不幸を願う

 『中国語辞典』   <成>人の災難を喜ぶ、

                 他人の不幸を願う

 『50+630』    他人の不幸をよろこぶ

なるほど、日本語とほとんど同じですね。

先生:

こういう言葉は、おそらくどの言語にもあるじゃろう。

仏教の唯識でも、人間の煩悩の一つとして「悪見」=固定的・

一方的な誤った見解、を挙げている。

普通の人間には、逃れ難い煩悩であろうが、こういう見解を

主張し続けたり、聞き続けたりすると、ますます深みにはまって

行くことになるな。

どの民族も、特にメディア関係者は、この点に神経を使い過ぎる

ということはないと心得て欲しいな。

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